近年、宿泊業界で注目度が急上昇しているキーワードが「ダイナミックプライシング(Dynamic Pricing)」です。
これは需要や供給、曜日や季節、さらにはイベント開催などに応じて宿泊料金をリアルタイムに変動させる価格戦略を指します。航空業界ではすでに当たり前のように導入されていますが、ホテル業界でも「収益最大化の切り札」として活用が進んでいます。
従来の「固定料金型」では、繁忙期に高い需要があっても利益を取りきれず、逆に閑散期には空室が目立つという課題がありました。しかしダイナミックプライシングを導入すれば、「需要が高い日は収益を最大化し、需要が低い日は稼働率を維持する」という理想的な価格調整が可能になります。この考え方は、単なる値上げや値下げではなく、データに基づく戦略的な収益マネジメントといえます。
この記事では、そのダイナミックプライシングを深掘りしていきます。
ダイナミックプライシングが注目される背景と導入メリット
1. ダイナミックプライシングが注目される背景
● インバウンド需要の拡大
訪日外国人旅行者数は、過去最高を更新し続けています。都市部のホテルはもちろん、リゾート地でも繁閑の差が拡大しているため、価格を柔軟に変動させるモデルは市場変化に即応するための必須条件となっています。
● OTA・メタサーチの普及
楽天トラベルやじゃらん、Booking.comといったオンライン旅行代理店(OTA)、そしてメタサーチ※の普及により、宿泊者は複数のホテルを簡単に比較できるようになりました。価格競争が激化するなかで、柔軟に料金を調整できるホテルが優位に立つ構造が生まれています。
※メタサーチ:検索サイトや旅行予約サイトなどの複数の検索エンジンで検索した結果を統合し、1つのページで表示・比較できるサービスのこと。ホテルや航空券の旅行比較サイトが該当します。
● AI・アルゴリズムの進化
過去データやリアルタイムの検索状況をAIが解析し、自動で価格を調整できるシステムが登場。従来は大規模チェーンでしか使えなかった技術が、中小規模のホテルでも導入可能になりました。
【海外事例】海外大手ホテルチェーン
ダイナミックプライシングの成功事例として有名なのが、マリオット・インターナショナルです。同社は1990年代から需要予測と在庫レコメンデーションを行う自動レベニューマネジメントシステム(RMS)を導入し、傘下ホテル全体で運用を開始しました。
さらに近年では、客室需要だけでなく航空便の到着数や現地イベント情報まで加味した価格変動を実現。これにより、稼働率の安定と平均客室単価(ADR)の向上を同時に達成しています。このような取り組みは、まさに「データドリブン経営」の象徴といえるでしょう。
2. ダイナミックプライシングのシステム導入メリット

● 収益の最大化
需要が集中する日には価格を引き上げ、閑散期には割引を設定。結果的に年間を通じて収益の総量を増やせます。
● 需要予測の精度向上
過去の宿泊データに加えて、地域のイベントや競合施設の販売状況を組み合わせることで、より正確な価格戦略を立てられます。
● 顧客層ごとの最適化
早期予約者、直前予約者、訪日外国人といったターゲット層に応じて異なる価格戦略を柔軟に設計できます。
【国内事例】最新システムで自動的に成果が発生
日本国内でも導入は急速に広がっており、特に注目されているのがNECとダイナミックプラスの取り組みです。NECは長年にわたりホテル基幹システム「NEHOPS」を展開してきましたが、近年はダイナミックプラス株式会社と提携し、クラウド型のレベニューマネジメントシステムを本格展開しています。
また、もう一つの国内有力サービスがメトロエンジンのシステムです。こちらはホテル業界特化で国内シェアがトップクラス。ビッグデータ+AIを活用した価格レコメンデーションに強みがあり、競合施設のデータを毎日収集・分析して価格設定に反映。さらに、ホテル予約サイトへの自動反映機能も搭載しており、OTA経由での予約が多いホテルに特に有効です。
システム導入のメリットとしては、手作業で価格を更新する必要がなく、自動反映で担当者の負担を大幅に軽減できる点や経験や勘に頼っていた価格戦略が、データに基づく合理的な意思決定に変わり、安定的に成果を出せるようになる点にあります。
最新のシステムでは、部屋タイプごとの推奨価格を一覧表示する機能や、競合ホテル・地域イベント情報を画面で確認できる仕組みも整備されています。これにより「なぜこの価格なのか」が可視化され、現場スタッフの納得感を得ながら導入できる点も高く評価されています。
ダイナミックプライシング導入の具体的ステップ

ダイナミックプライシングをホテルに導入する際には、次のように段階的なプロセスを踏むことが重要です。
1. データ収集の徹底
まずは自社の過去宿泊データを整備することから始まります。客室稼働率、平均客室単価、予約経路といった基本指標に加え、地域イベントや気象データ、競合施設の価格動向も蓄積。これらの情報が正確な価格変動の基盤となります。
2. システム選定
国内外で提供されているレベニューマネジメントシステムの中から、自社に最適なツールを選定します。近年はクラウド型サービスが主流となり、中小規模のホテルや旅館でも低コストで導入可能になっています。先ほどの国内の最新導入事例で紹介した、ダイナミックプラスやメトロエンジンといった国内システムは日本市場に特化しているため運用のしやすさも評価されています。
3. テスト運用と検証
最初から全客室に適用するのではなく、特定の部屋タイプや一部日程に限定して試験導入し、予約数・単価・稼働率の変化を分析します。こうした検証プロセスを経ることで、自社に最適な価格変動の幅を見極められます。
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ダイナミックプライシングの注意点と課題
1. 顧客の不満リスク
同じ日程でも予約のタイミングによって料金が異なる場合、「不公平感」を持たれる可能性があります。このため、公式サイトやOTAページで価格変動の仕組みを分かりやすく説明し、透明性を高める工夫が必要です。
2. ブランド価値とのバランス
高級ホテルにおいて過度な値下げはブランド毀損につながるリスクがあります。そのため最低価格の下限を設定し、価格変動の範囲をコントロールすることが求められます。
3. 人材育成の必要性
システムに任せきりにするのではなく、マーケティング担当者がデータの意味を理解し、戦略的に微調整できるスキルを持つことが重要です。RMSを「ツール」ではなく「戦略パートナー」と位置づける視点が不可欠です。
ダイナミックプライシングが当たり前の時代へ
1. AI連動の高度化
将来的には、検索動向や航空券価格、さらにはSNSトレンドまで分析に組み込み、数分単位で価格を調整するAI駆動型システムが一般化すると予測されています。リアルタイムでの需要予測は、ダイナミックプライシングの進化をさらに加速させるでしょう。
2. 体験価値との組み合わせ
宿泊単体の価格調整にとどまらず、スパやレストラン、アクティビティといった体験型サービスを含めた「パッケージ価格」にもダイナミックプライシングを適用する動きが強まっています。単なる客室販売から「体験全体の収益最大化」へと戦略は広がっています。
3. 国内外の成功事例の増加
マリオットやヒルトンなどのグローバルチェーンは、すでにAIとビッグデータを活用したダイナミックプライシングを導入し、稼働率とADRを高水準で維持しています。日本国内でも大手チェーンに限らず、中小ホテルや地域旅館がRMSを導入し成果を上げる事例が増加中です。
特に、メトロエンジンは競合データ収集の強みにより国内シェアを拡大し、ダイナミックプラスはNECとの連携による信頼性で評価を高めているため、今後も活用する宿泊施設は増えていくでしょう。
まとめ
ホテル業界におけるダイナミックプライシングは、もはや「収益を守るための手段」にとどまりません。データとテクノロジーを活用した価格戦略は、「ブランド価値を維持しながら成長を加速させる武器」へと進化しています。
インバウンド需要が回復し、OTA競争が激化する現在、ダイナミックプライシングの導入は規模を問わず避けては通れないテーマです。中小規模施設であってもクラウド型RMSを活用することで、属人化を排除し、収益最大化と業務効率化を同時に実現できます。
今後はAI技術の進化により、さらに精度の高い価格変動が可能になり、宿泊と体験を一体化した「総合的なダイナミックプライシング戦略」が普及していくでしょう。ホテル経営者にとって、この流れにいち早く乗ることが、中長期的な競争優位を築くカギとなります。














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