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星野リゾートに学ぶブランド戦略|外資ホテルに勝つ“体験価値”の設計図

全国でさまざまなコンセプトの宿泊施設を展開する星野リゾート。必ずしも観光コンテンツが豊富なエリアばかりではないにもかかわらず、「時間をかけてでも泊まりに行きたい」とファンを魅了するのはなぜでしょうか。

また、他の高級価格帯の外資系ホテルではなしえない宿泊体験を実現する理由とは何でしょうか。

この記事では、星野リゾートのブランド戦略と体験価値の設計の工夫について紹介します。

星野リゾート創業の原点にある「温泉宿以上」の体験設計

星野リゾートの歴史は1913年、軽井沢で小さな温泉湯殿をつくったところから始まります。翌年には十五室の温泉旅館を開業しました。いまでこそ全国に展開する巨大ブランドですが、出発点は「避暑地に来る人に自然と温泉を組み合わせた時間をどう提供できるか」という、極めてシンプルな問いでした。

やがてこの小さな宿は、文化人の交流拠点となります。北原白秋や島崎藤村らが集い、芸術教育の場として機能しはじめたのです。単なる宿泊施設ではなく「人が学び、交流する場」へと進化したことは、今日の星野リゾートの方向性を象徴しています。すでにこの時点で、事業の軸は「宿=寝泊まりの箱」ではなく、「体験を通じた価値提供」へとシフトしていたのです。

さらに1920年代には自前で水力発電を導入。自然と共生しながら事業を成り立たせる姿勢を早くも示しました。ここから読み取れるのは、星野リゾートの歴史は「宿泊」というカテゴリーにとどまらず、地域や環境を取り込みながら“体験全体を設計する”発想に一貫しているということです。

経営者にとって重要なのは、この「小さな起点が長期的ブランドへ発展する構造」を理解することです。規模の大小ではなく、創業時点から「顧客体験をどう資産化するか」という問いを持てるかどうかが、後の成長を左右します。

コモディティ化されない宿泊体験とは

1. 利用者が語る「テーマパーク感」の意味

星野リゾートの利用者の感想でよく出てくるのが「まるでテーマパークのようだった」という表現です。

ここでいう“テーマパーク感”は、派手なアトラクションや人工的な演出を意味するのではありません。

・ 界ポロト:白樺林とアイヌ文化を融合させた温泉空間
・ 界霧島:神話を題材にした演舞
・ 奥入瀬渓流ホテル:苔やりんごをモチーフにしたデザイン

これらは土地の物語を宿泊空間に織り込み、滞在そのものを一つの舞台に仕立てる工夫です。つまり「宿泊=消費」ではなく「宿泊=演出された体験」として記憶に残す設計です。

ここで経営者視点で注目すべきは、商品やサービスのコモディティ化を防ぐ設計という点です。単なる「温泉」「客室」「料理」であれば価格競争に陥りやすい。しかし「テーマパーク感」と表現される体験全体の設計に昇華することで、顧客は価格比較ではなく“ここでしか得られない時間”を評価軸にするようになります。

2. 星野リゾートの地域文化を体験に翻訳する仕組み

星野リゾートのブランドを語るうえで外せないのが「伝統工芸や地域文化の取り込み」です。

・ 界アルプス:宿場町の街並みを再現
・ 界加賀:加賀友禅や水引を館内装飾に活用
・ 界津軽:津軽こぎん刺しを客室デザインに導入

これらは単なる装飾ではなく、利用者が自然に「この土地らしさ」を体感できる仕掛けです。観光パンフレットや展示解説のように“説明される”のではなく、“宿泊体験そのものに組み込まれる”ことで強い記憶になります。

経営に置き換えれば、地域の独自資源を「商品機能」ではなく「体験演出」に変換する発想です。

たとえば地方企業が「地元食材を使っています」と説明するだけでは差別化になりません。しかし食材の背景や文化を体験に落とし込むと、単なる商品ではなく「記憶に残るブランド」へと変わるのです。

3. 「ご当地楽」に見る参加型体験の力

星野リゾートの「界」ブランドでは、「ご当地楽」という体験プログラムが導入されています。青森屋のねぶた、界加賀の獅子舞、界霧島の神話演舞など、スタッフ自身が演者となり宿泊客を巻き込むスタイルです。

ここに重要なヒントがあります。顧客満足度を高めるうえで「参加型体験」は最も記憶に残りやすい仕掛けだということです。人は“自分が体験したこと”を強く覚え、それを他者に語りたくなります。つまり参加型は単なる余興ではなく、口コミ拡散を前提に設計されたブランド戦略ともいえます。

ホテルや旅館の経営者にとってのポイントは、商品やサービスの周辺に「参加できる余白」を用意すること。ユーザーが能動的に関わり、自ら体験を語り出す仕組みを持てば、広告費をかけずともブランドが自然に広がっていきます。

ホテルを「目的地化」する星野リゾートの思想

星野リゾートの戦略を象徴するのが「ホテルそのものを旅の目的地にする」という発想です。界ポロトの「三角の湯」が海外メディアにデザインホテルとして評価されたのはその好例です。

通常の観光は「観光地に行く → 宿泊する」という流れですが、星野リゾートは「このホテルに泊まりたいから、この土地を訪れる」という逆転を成立させています。

経営の観点で言えば、これは競争環境を一段階上げる、つまり無風状態を作りだす競争戦略です。地域観光資源に依存しないため、競合施設との比較対象から外れ、宿泊施設自体が独立した集客装置となって価格決定権を持てるようになります。

外資系ホテルと星野リゾートのブランド戦略比較

1. 星野リゾートは高級でありながら「開放的」

利用者の声には「作務衣で気楽に過ごせた」「スタッフが若くフラット」「チップ文化がなく安心できた」というものが多く見られます。ここに星野リゾートの巧妙さがあります。

外資系の高級ホテルが「格式」を武器にするのに対し、星野リゾートは「高級=誰でも楽しめる非日常」と翻訳しています。これにより、富裕層に加えて中間層も自然に取り込むことに成功しています。

ホテルや旅館の経営者が参考にできる点は、高級=排他性ではなく、開放感と両立できるという視点です。ラグジュアリー路線に偏ると市場が狭まり、マス市場に寄せすぎるとブランドが安っぽくなる。その中間を「気軽に体験できる非日常」というポジションで取ることができれば、広い市場を持ちながらブランド価値を落とさない経営が可能になるのです。

2. 星野リゾートと外資系ホテルの”ラグジュアリー”の定義の違い

外資系高級ホテルが定義する”ラグジュアリー”

外資系高級ホテル(マリオット、リッツ・カールトン、アマンなど)が重視するのは、グローバルに共通するラグジュアリー基準です。調度品の質、サービスの形式、スタッフの所作など、どの国でも「同じ水準」を提供することがブランドの信頼性を支えています。

これは“ラグジュアリー=フォーマルで普遍的”という思想であり、「世界で通用する共通品質」を武器にし、顧客は安心と信頼性を買っています。

星野リゾートが定義する”ラグジュアリー”

星野リゾートが打ち出すのは「地域の物語を翻訳した体験価値」です。界ブランドのご当地楽や、地域文化を宿泊体験に組み込む発想は、世界共通の基準ではなく「ここでしか味わえない時間」を重視しています。

つまり、星野リゾートは“ラグジュアリー=体験の演出で記憶に残るもの”と再定義していて顧客は唯一無二の記憶を買っています。

価格戦略にも表れるブランド戦略の違い

価格戦略にも、ブランド戦略の差は表れます。

外資系ホテルは「ブランド名」そのものに価格決定権があります。顧客は「どこでも同じ体験ができるから安心」という理由で支払いを選ぶのです。

対して星野リゾートは「この土地でしか得られない」という希少性で価格を正当化します。比較対象が少ないため、地域の競合旅館と価格競争をせずに済むのです。

言い換えれば、外資は「グローバル基準の普遍性」で勝ち、星野は「ローカル体験の独自性」で勝っている。

どちらも正解ですが、模倣のしやすさ拡張のしやすさは大きく違います。外資のモデルは規模拡大に強い反面、差別化は難しい。星野リゾートのモデルは拡張に時間がかかる反面、地域と組み合わせることで独自性が強化され続けます。

星野リゾートの6つのブランド戦略については、以下の記事でも紹介しています。持続的に成長できるブランドを設計するノウハウに興味がある方は、ぜひ読んでみてください。

まとめ──体験を資産化する経営の視点

本記事で整理した星野リゾートの特徴は、次のように整理できます。

・ 創業時から「宿以上の価値」を問い続けた
・ 「テーマパーク感」と呼ばれる体験設計で差別化
・ 伝統工芸や地域文化を体験に組み込む
・ 参加型の「ご当地楽」で口コミを促進
・ ホテルそのものを目的地化する戦略
・ 高級でありながら開放的な体験設計

これらはいずれも、単発のプロモーションや派手な広告ではなく、「体験を設計し資産化する」ことでブランドを築き上げてきた事例です。

経営者にとって学べるのは、サービスや施設を“使われるもの”から“語られる体験”へ変換すること。その積み重ねが長期的なブランド力となり、価格競争からの脱却を可能にしています。

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