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星野リゾートの成長戦略|フラッグシップとマルチブランドが描く持続モデル

宿泊施設がブランド展開を考えるとき、どのようなテーマを追求すると良いでしょうか。「価格帯」「客室の大きさ」「ラグジュアリーかミッドスケールか」といった物理的なスペックで階層分けしている施設が多いなか、星野リゾートは異なる方向性でブランド設計することで持続的に利益を生み出す仕組みを実現しています。

この記事では、星野リゾートのマルチブランド戦略を見ながらブランド設計のコツを紹介します。

「星のや」の誕生──フラッグシップが示した方向性

2005年、軽井沢に誕生した「星のや軽井沢」。これは単なる高級旅館のリニューアルではなく、星野リゾートのブランド戦略を方向付けたフラッグシップの登場でした。

かつての星野温泉旅館を建て替え、谷あいの自然環境をそのまま活かし、エネルギーを自給する仕組みを導入。宿泊者は「滞在そのものが自然と共生する体験」として非日常を楽しむことができる設計となっています。

ここで重要なのは「施設の豪華さ」を追求するのではなく、「時間の過ごし方」そのものを商品化したことです。利用者の声に「非日常だが肩肘張らない」「自然の中に溶け込むような感覚」とあるように、体験がブランドそのものになっている――これが、星野リゾートの方向性を決定づけました。

ホテルや旅館の経営者にとって参考にできる点は、フラッグシップ商品は単なる高価格帯ではなく、ブランドの思想を象徴させる存在であるべきという点です。売上貢献以上に「ブランドの旗印」として機能するからこそ、他の事業領域に波及効果をもたらします。

星野リゾート6つのブランド展開に学ぶマルチブランド戦略

星野リゾートは「星のや」以外にも利用者の多様な層に合わせ、複数のブランドを並行展開しています。この展開の仕方は、同じようにマルチブランド展開をする外資系のホテルとは一線を画しています。

1. 利用者が自ら泊まるホテルを選べるブランド展開

現時点(2025年9月)で6つのブランドを展開しています。

・ 星のや:超高級ブランド。特別な記念日や非日常を求める層。
・ 界:温泉と地域文化を融合させた旅館ブランド。幅広い世代に対応。
・ リゾナーレ:アクティブなファミリー層向け。ワインリゾートやマリン体験など地域資源を編集。
・ OMO:都市観光に特化。ホテルを「街歩きの拠点」と位置づけ。
・ BEB:20代前後の若者層向け。「居酒屋以上、旅未満」の気軽な滞在。
・ LUCY(2025〜):山岳観光に挑む新ブランド。快適な登山・滞在の提案。

このポートフォリオは、価格帯やライフスタイルに応じて顧客を取りこぼさない設計です。大手OTAサイトの口コミを調査すると、ある利用者は「星野リゾートを味わうなら界かリゾナーレがおすすめ」と語っています。つまり、ブランド体系が市場に浸透し、利用者が自ら“自分に合った選択”をする状況を作り出しているのです。

経営的に見れば、一つのブランドに依存せず、顧客層を分散しながら全体でブランド力を積み上げるポートフォリオ戦略といえます。

2. 「価格帯」と「体験設計」の絶妙なバランス

OTAにある利用者の声には「星のやは1泊5万円以上、界は3万円前後」といった具体的な評価が散見されます。これは単なる口コミではなく、ブランドポジショニングが明確に伝わっている証拠です。

・ 星のや:圧倒的な非日常と特別感
・ 界:安心感とご当地文化の体験
・ リゾナーレ:家族での思い出づくり
・ OMO/BEB:気軽に利用できる都市型・若者向け

経営的に注目すべき点は、価格と体験の対応関係を利用者が理解していることです。価格に見合う体験を用意するだけでなく、ブランドごとに「この価格ならこの体験」と納得感を与える仕組みを作っている。

その結果として、価格競争ではなく「体験評価」に基づく選択が行われます。

外資系でもマリオットヒルトンをはじめ、マルチブランドを展開する大手は多くあります。しかし、その多くは「価格帯」「客室の大きさ」「ラグジュアリーかミッドスケールか」といった物理的なスペックによる階層分けが中心です。

一方で星野リゾートは、人口に限りのある国内市場を主なターゲットとしつつ、「温泉旅館」「リゾートホテル」「都市滞在型ホテル」といった日本固有の宿泊業態そのものの幅をブランドに落とし込んでいます。この違いが、利用者に「次はどのブランドを選ぼうか」という回遊性を生み出している点で特徴的です。

3. 「鮮度」を保つ新ブランド投入

星野リゾートの利用者には「新しい界ができたら行きたい」といった声があります。ここにブランド戦略の重要な仕掛けがあります。

常に新しいブランドや新施設を投入し続けることで、リピーターに「次はどこへ行こうか」と考えさせる。つまり、鮮度そのものを再訪動機にしているのです。

経営に当てはめると、これは「プロダクトライフサイクルを意図的に短縮し、新しい体験を常に提供するモデル」といえます。従来の宿泊業のように、施設を建てたら数十年同じ形で使い続けるのではなく、常に変化を組み込む姿勢がブランドの持続力につながっています。

情報発信の設計──「語られる体験」を仕込む

星野リゾートの強さは、施設や体験そのものだけでなく口コミ・SNSやメディアに「発信されやすさ」を設計している点にあります。

1. 宿泊者が発信したくなる体験設計

・ SNSに映えるデザイン(界ポロトの三角の湯など)
・ 参加体験が口コミを生む(ねぶた祭り・獅子舞・演舞)
・ スタッフとの交流や作務衣での滞在など「共感できる小話」

これは偶然ではなく、「語られやすい要素」を施設設計の段階で組み込んでいる点で秀逸です。利用者は自然にSNSや口コミで発信し、ブランドが広がっていきます。

ホテルや旅館の経営者が参考にできる点は、マーケティングを広告頼みではなく「体験設計」の段階に内蔵する発想です。結果として、広告費をかけずとも宿泊ユーザー自身がブランドアンバサダーになる仕組みづくりです。

\SNS映えする体験を設計するなら/

2. メディアが取り上げずにはいられない話題の設計

さらに星野リゾートは、メディアに取り上げられやすい「話題のつくり方」を意識しています。

・ 初めて、唯一、最大といったニュース価値
・ 季節性や地域性を生かした限定企画
・ 参加型で絵になる演舞やお祭り

これらは「記者が記事化しやすい素材」を提供する戦略です。実際に「界ポロトの三角の湯」が英国メディアで評価されたのも、この設計が功を奏した結果といえるでしょう。

経営の視点で言えば、これは「メディア視点での商品開発」。つまり、商品・施設自体が広報素材になる設計です。広告費を削減しつつ、ブランドを世間に広める有効な手段になります。

ここまで戦略的なブランド設計を行う星野リゾートですが、興味深いのは、星野リゾートが決して「多様化」を声高に叫ばないことです。ブランドが増えても、それぞれが「誰のためのどんな体験か」を明確に示すだけ。利用者は混乱せず、自分に合った滞在を自然に選べます。

ここに学ぶべきは、多様化は声高に語らずとも、利用者が迷わない設計であれば十分伝わるということです。派手なスローガンよりも、実際の体験が利用者に一貫性を感じさせる。その積み重ねこそが「安心感」をブランドに付与します。

まとめ

今回取り上げた星野リゾートのブランド戦略をもとに、持続するブランドの条件を整理すると、以下のようになります。

・ 「星のや」によるフラッグシップの確立
・ マルチブランドで顧客層を分散
・ 価格と体験を対応させる納得設計
・ 常に新ブランドを投入し鮮度を維持
・ 「語られる体験」を内蔵した施設設計
・メディアが記事化しやすい「話題の設計」
・ 大げさな広告ではなく一貫した多様化を展開

これらはいずれも「広告に頼らず、体験そのものを資産化する」ための仕組みです。

外資系大手もマルチブランド展開を積極的に行っています。しかし、先にふれたように、外資の分類は「価格帯」「客室の広さ」「施設のグレード」といったハード面での差別化が主流です。

星野リゾートの場合は、日本独自の温泉旅館文化や食体験を組み込みながら「誰と・どのように過ごすか」というソフト面=体験設計でブランドを差別化しています。

このアプローチは今後、人口が減少して国内旅行市場の縮小に対応すべき国内宿泊事業者にとって参考にすべき点がたくさんあります。星野リゾートのマルチブランド戦略は、顧客層を広く網羅する方法論として注目に値するブランド戦略だといえます。

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